◇「新文書」の前に過去の文書の検証を
東京大学公共政策大学院院長の高原明生教授は、時事通信社のインタビューに応じ、日中関係などについて見解を明らかにした。この中で高原氏は、今春の習近平国家主席の国賓としての訪日を控え、日本の対中国姿勢について「正しいのは競争と協調だ」と述べ、安全保障面などでの必要な対応と経済面を中心とした協力関係の前進を両立させる道を探るべきだと指摘した。
また、習主席が日本の対中好感度が改善しないことに対して「日本側に責任がある」と語ったとされることについて、「驚いた。日中関係の実情を理解しているのだろうか」として、中国のトップとして日中関係の現実を把握していないのではないかとの見方を示した。(聞き手は時事通信社解説委員 市川文隆)
◇ ◇ ◇
Q、習近平主席の国賓来日について、どう思いますか。それまでの間に必要となることは何でしょうか。
高原氏 日本にとって中国との関係の安定、発展が大きな国益であることは間違いないわけで、そのための首脳交流は重要です。今回、例えば東京以外にどこか1カ所ぐらい地方に行ってほしいと思いますが、それを調整する必要があります。中国側は安全の確保を気にするでしょう。
Q、いわゆる「第5の文書」ですが、中国側がつくりたいと言っているようです。
高原氏 そもそも「第5の政治文書」というのは中国の言い方で、日本側はもともとそういう言い方をしてこなかったと思います。新たな合意文書をつくるかどうかですが、まず、これまでの日中間の合意が守られているかどうか、検証するところから始めるべきです。その上で新しい文書を共同で発表した方がいいということならつくればいいのです。日本側は、特に必要だと感じているとは言えないのではないでしょうか。
江沢民、胡錦濤両主席が来た時につくったからといって、今回必ずしもつくらなくてもいい。それよりも、中国の国家主席はもっと頻繁に日本に来て、もっと普通の関係をつくるべきです。欧州の首脳たちのように、密に交流するのがいいと思います。
Q、1972年の日中共同声明、78年の日中平和友好条約中の「覇権条項」が現実に即しているか、という議論もあります。
高原氏 「覇権」という言葉は国際条約になじまないそうです。中国の辞書によると覇権とは、「力によって自分の意思を相手に押し付けること」です。特にここ10年ほど、中国は東シナ海や南シナ海で実力行使して既成事実をつくっています。力に頼って現状変更をしようとしていると言われても仕方がないでしょう。日本としては「尖閣には船を出すな」と主張する上で、日中共同声明や平和友好条約を振り返るのは重要なことです。
毛沢東、◆(登にオオザト)小平、江沢民、胡錦濤、それぞれの指導者が合意文書という成果を残しているのだから、習時代にも何か残さなくてはと周囲が忖度(そんたく)していることが、文書をつくりたいという先方の意向の背景にあるのでしょう。
Q、既に「第5の文書」作成が事務方同士で始まっているとみられています。
高原氏 まあ、日本側にすれば内容次第ではないでしょうか。絶対に駄目だという理由もありません。
Q、1972年に共同声明をつくった頃とは国際情勢が大きく変化し、当時は米中の急接近に日本が焦っていたのに対し、現在は米中が激しく対立しています。
高原氏 冷戦時代が終わり全く新しい情勢の中で日本と中国が何をしていくのか、そういう意味で合意文書には意義があります。胡錦濤時代には中国が急速に力をつけてきた。そういう意味では新しい時代に入ったのです。新たな文書で日中関係の方向性を確認する意義がありました。今はどうか、そういう文書をつくる意義があるかどうか、ということです。
◇「中国イメージ悪化は日本にも責任」
Q、仮に文書をつくるとしたらですが、日本としては両国間の安全保障問題について記述することで、中国の動きをけん制したいのでは。
高原氏 けん制という言葉が適当かどうかわかりませんが、それこそ習主席も言っている「初心を忘れず」ということを確認するのが大事ではないでしょうか。
Q、習訪日が決まった後も尖閣周辺への侵入がむしろ増えています。
高原氏 本当に中国は日本と仲良くしたいのか、と思う人がいても不思議ではありません。やめないと日本の対中イメージはよくなりません。昨年11月下旬に川口順子元外相やキッシンジャー米元国務長官らが北京で習主席と会った時、主席は「中国人の日本に対するイメージ改善にはわれわれが努力した。日本人の中国に対するイメージについては、われわれにも問題があるかもしれないが、主な責任は日本側にある。日本はもっと努力しなければ」と言ったそうです。私はこれを聞いてショックを受けました。
なぜ、日本で中国が嫌われるのか、全く分かっていない。その理由を正しく理解してほしい。恐らく、周囲の人々が悪いことは伝えず、いいことばかり伝えているのでしょう。
Q、2008年に合意した東シナ海のガス田に関する日中の共同開発については、首脳会談に向けての課題になりますか。
高原氏 これは一つの焦点です。これを条約化できるかどうか。排他的経済水域の境界線については、日中が主張する原則が異なるためにそれを画定するのは難しい。そこで、この点は棚上げして共同開発しましょうという、建設的な話なのです。中間線の日本側か中国側か、どちらでガスや石油が出るかによって、反対論も出るでしょう。それでも日中がそれぞれ出資して開発し、両方が得すればいいのではないでしょうか。
Q、加えて2014年の日中合意では、「四つの基本文書の諸原則と精神を遵守」とあり、尖閣諸島などの問題について対話と協議で情勢の悪化を防ぐなどとしていました。新文書にはこの辺を落とし込んでいくのではないでしょうか。
高原氏 どこまで具体的に書くのでしょうかね。私の印象では、中国側は大きな話がしたい、日本側は具体的な話がしたい。それが明確に表れたのが昨年12月の安倍晋三首相の訪中でした。首相が香港など具体的なことを指摘したのに対し、習主席の方はグローバルな状況下での日中関係などと言っていました。
◇天皇訪中、実現にはなお時間
Q、台湾の選挙で蔡英文総統と与党民進党が大勝しました。今後の中台関係の見通しは。
高原氏 当面、基本的には今の状況は変わらないと思います。問題は中国がじれるかどうかですが、現在は習主席が拙速に武力統一に動くとは思えません。経済がさらに悪くなればそういう誘惑はあるかもしれませんが、実際に手を出したら大変ですから。台湾にアプローチする場合は平和的な手段で、という政策が続くと思います。
ただ、軍はいつも武力統一の用意をしています。冒険主義者が冒険しないように皆慎重に発言しないといけないのですが、そこのところは蔡英文総統はよく分かっています。米国も、不要な挑発はしない方がいいです。
Q、習主席が来日の際、天皇の訪中を要請、これに日本政府が応えることが中国による政治利用だと指摘する声があります。1992年の天皇訪中の例もあります。
高原氏 政治利用というのがどういう意味なのか。別に中国共産党支配の強化とかそういうことに役立つとは思えません。今の中国はその当時の中国とは違います。中国を支持する国は多く、孤立に悩んでいるということはありません。天皇訪中が早々に実現するわけでもありませんしね。
◇「一帯一路」「インド太平洋」の両立は可能
Q、日中いずれも「一帯一路」と「自由で開かれたインド太平洋」が両立できると発言しています。どう思われますか。
高原氏 私はそれに賛成です。中国も日本もそれぞれ「戦略」と呼んでいたのを、「構想」と呼び方を替えました。両国とも、これらに「戦略」と「経済」の両面があることは分かっており、経済面を強調したいのです。日中は既に「第三国での市場協力」で一致しており、まさに一帯一路とインド太平洋が重なるイメージです。
Q、経済面ではいいとして、戦略面では納得できないという軍関係者もいるのでは。
高原氏 特に中国の人民解放軍にすれば、対抗手段として打ち出されたとみなしているインド太平洋と協力するなど「冗談じゃない」ということでしょう。競争の面というのは間違いなくあるので、そこだけを見れば折り合えません。しかし考えてみれば、日中関係自体に競争と協力の両面があるわけです。競争があるからといって、では協力をやめることができますか。できるわけがありませんし、それが望ましいわけでもありません。
Q、日本はそれでいいとして、米国は必ずしもそうではないのでは。
高原氏 米国防総省(ペンタゴン)関係の人たちも分かっていますよ。プライベートな場で日本の立場を説明すれば、「まあそうだよな」と分かってくれます。また、今回の米中合意に見られるように、トランプ政権もデカップリングを目指しているわけではない。貿易や投資による利益を得ようとしています。そういう協力の面は否定していません。
Q、今回の習主席来日で、日米関係がぎくしゃくすることはあり得ないと考えますか。
高原氏 米中は貿易摩擦の第1段階の合意をしたばかりで、あり得ないのではないですか。
◇対米交渉には「中国カード」も有効
Q、中国が将来経済的、軍事的に米国をしのぐ存在になるとの見方は正しいのでしょうか。
高原氏 中国の経済成長率が下がっていくことは間違いありません。ある時点でたとえ米国を追い越したとしても、国内総生産(GDP)世界一の国家という地位がそれほど長く保てるとは思えません。成長のポテンシャルは米国の方が大きいのでは。高齢化の問題も中国と比べると厳しくないし、自然、そしてエネルギーは豊かで人材も豊富。ドルという基軸通貨も持っている。そう考えると米国人がなぜこんなに自信を無くしているのか、理解できません。
もう一つ、中国には政治体制の問題があります。中国人は皆、今の体制がいつまでも続かないことは分かっています。しかし、その変化のプロセスが混乱なく進むものなのかは分かりません。そして今回の新型肺炎騒動。中国のリスクは多種多様です。
Q、中国のナショナリズムは高揚し続けるのでしょうか。
高原氏 しばらくは富国強兵パラダイムにとらわれ続けるのでしょう。教育や報道を通した社会化の効果は大きいです。経済はもちろん、香港問題も台湾問題も何もかも米国が悪いと教えられている。
Q、日本では国民レベルでは日米同盟一本でいいのか、という声が出てきていると思いますが。
高原氏 日米同盟の維持自体が日本外交の目的ではありません。でも日本にとって当面何が一番いいかというと日米間の安全保障協力関係を維持することだろうというのが多くの国民の間の常識でしょう。だからといって中国との関係をないがしろにしていいかというと、そういうことではなく、地理的にも安全保障、経済上も、あらゆる理由から中国との関係の安定、発展が日本の国益にかなう。その事情も変わりません。
五百旗頭真先生が「日米同盟プラス日中協商」と常々言われていること、両方と仲良くすることが当面は日本の唯一の道ということでしょう。
Q、同盟は手段だとしても、同盟の維持はコストがかかります。果たして割が合うのでしょうか。
高原氏 対米外交が重要なことは言うまでもありません。米国と交渉する時の日本のテコは何なのか。やられっぱなし、言われっぱなしではなく、取引をする際のこちらのカードは何なのか。それは日本にあって米国には無いもの、例えば中国とのいい関係であるとか、あるいは東南アジアや中東などとのいい関係などが一つの材料になるのでしょう。首脳の関係も重要ですね。
例えば一帯一路とインド太平洋でも、米国もできれば中国と経済での協力をしていきたいでしょう。競争しながら協力するというわざ、これについて日本がリードするのもいいのではないか。安倍首相は「競争から協調へ」と言ったわけですが、実際は「競争も協調も」ということではないでしょうか。もちろん協調一辺倒でもない。
中国は長期的には米国をアジア周辺から追い出したい、日本など多くの国は、北朝鮮も含め米国に居てほしいのですから。そこは戦略目標が違います。そこで生じる摩擦を防ぎながら協力は進めていく。関係の脆弱(ぜいじゃく)性を管理抑制しながら、その強靱(きょうじん)性を一層強化していく。簡単ではありませんが、日本はそうした道をとるべきです。実は日本はそれをやってきたのですが、あまり言葉にできていないのが問題です。
◇ ◇ ◇
高原明生(たかはら・あきお) 東京大学大学院教授、公共政策大学院院長。1981年東大法学部卒業。88年英国開発問題研究所博士課程修了、サセックス大学博士号取得。在香港日本国総領事館専門調査員、桜美林大学助教授、立教大学教授等を経て2005年より現職。著書にThePoliticsofWagePolicyinPost-RevolutionaryChina、『開発主義の時代へ1972-2014』(共著)ほか論文多数。 ![]()
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February 09, 2020 at 03:00PM
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![インタビューに答える高原明生東大教授=2020年1月17日[筆者撮影]【時事通信社】](https://www.jiji.com/news2/kiji_photos/202002/20200204ds01_t.jpg)

![来日し皇居で天皇陛下(右)との会談に臨む中国の習近平国家副主席(肩書は当時)=2009年12月15日、東京・皇居・宮殿「竹の間」[代表撮影]【時事通信社】](https://www.jiji.com/news2/kiji_photos/202002/20200204ds03_t.jpg)

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