
藤田大道
茨城県北茨城市出身の童謡詩人、野口雨情(1882~1945)が生まれて、29日で140年が経った。同市の野口雨情生家・資料館では、生誕140年を祝うイベントが開かれ、雨情がつくった童謡のミニコンサートなどに集まった約30人が耳を傾けた。
雨情は1882年に生まれ、回船業を営んでいた生家は水戸徳川家とゆかりが深かったという。童謡詩人として「七つの子」や「赤い靴」「青い眼の人形」などの作詞を手がけた。戦時下の1945年、疎開先の宇都宮市で死亡した。
この日のイベントは、日本唱歌童謡教育学会(事務局・長野県松本市)が主催した。同学会上席理事を務める、山田真治・松本短大教授が雨情の言葉選びについて解説。詩がオレンジや黄色などを連想させることなどから、「心があたたかくなるようなものが多く、子どもの成長にもいい影響を与える」と話した。
後半は、ミニコンサートが開かれた。雨情の童謡だけで構成されたアルバムを出したことがあるアコースティック音楽ユニット「かなりやとうばん」が、リズミカルに「証城寺(しょうじょうじ)の狸囃子(たぬきばやし)」を披露した。
また、雨情の孫で同資料館長の野口不二子さん(78)は、生後7日で亡くなった娘を思って作ったとされる「シャボン玉」を歌った。ロシアによるウクライナ侵攻で命を奪われた子どもたちに届いて欲しい、との思いから選曲したという。
不二子さんによると、雨情は太平洋戦争当時、戦意を高揚させるような詩を作ることに消極的だった。軍歌を書かない理由を説明するために、童謡を含めてあらゆる作詞をしなくなったと推測。「社会が変わっても人間の心はそう変わらない。雨情の詩は今も心に響いてくる」とした。
生家を初めて訪れた市居ますこさん(79)は、所属する合唱団で雨情の歌を歌っているという。「雨情がここで育ったのかと感激し、不思議と納得できました」と話した。(藤田大道)
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